お江戸散策

前から行きたかった夏目漱石の「坊っちゃん」のエンディングの・・・・

「清の事を話すのを忘れていた。――おれが東京へ着いて下宿へも行かず、革鞄かばんを提げたまま、清や帰ったよと飛び込んだら、あら坊っちゃん、よくまあ、早く帰って来て下さったと涙なみだをぽたぽたと落した。おれもあまり嬉うれしかったから、もう田舎いなかへは行かない、東京で清とうちを持つんだと云った。
その後ある人の周旋で街鉄の技手になった。月給は二十五円で、家賃は六円だ。清は玄関付きの家でなくっても至極満足の様子であったが気の毒な事に今年の二月肺炎に罹かかって死んでしまった。死ぬ前日おれを呼んで坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんのお寺へ埋めて下さい。お墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと云った。だから清の墓は小日向の養源寺にある。」

小日向の養源寺に行ってきました。

「坊っちゃん」・・・・子供の頃読んだ時は全体としては面白く読んだけど、上記のごとく最後であんだけ清、清と言いながら死ぬ時の文章のあっさり感があまりにも冷たい感じがして、清が可哀想でなりませんでした。

もちろんオトナになれば、淡々と、しかし少し畳み込むような終わり方にすることで、悲しみ、寂しさ、切なさ、清を失った坊っちゃんの喪失感を一層際立たせる漱石のテクニックが理解できますね〜

さて、そういうことで50数年、ようやく今回実現しました。もちろん有名なくだりなのでネットで調べれば多くの人がやはり訪問、記事にしておられます。ワタシもやっぱり一度は自分で行っておきたいなと。


今回日暮里から歩いて行ってみようと。ご存知谷中銀座を抜けて


ものすごく気に入った千駄木の細い路地を通り

大通りに出ればちゃんと案内図がありました。グーグルマップありがとうw


程なく養源寺に到着

本堂はすごく綺麗、最近修繕されたのかしら

向かって左の方に墓地があり、中に入らせていただくとちゃんと立て看板が

これまた言わずもがなですがきよのモデルというか名前の由来は、漱石の学生時代の友人、米山保三郎のおばあさまが清というお名前だったとのことです。

普通によそさまのお墓なのでお花を勝手にするのもどうかと思い、今回は拝ませていただくだけにいたしました。

人生積み残しを少しずつ回収するシリーズ(いつから始まってんねんw)ようやく1つクリアしました。

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